2025 / 03 |
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去っていく車。
後ろのガラスから不安そうにこちらを見ている少年。
瓦礫と荒野。
「…さようなら」
ポツリとそう呟くと、車が完全に見えなくなった後、その場にたった一人存在していた少年はおもむろに頭に手を伸ばし、勢いよく髪を引っ張った。
髪の色は同じなものの、まるで尾のように背中に流れる、長い髪。
その手にあった偽りの頭は瞬時に切り刻まれ、風へと流された。
「来たか…?」
そう呟く。
少し時を待つと黒塗りのバンが目の前で停車した。
出てきたのは、自分と同じくらいの少年。
「朱仁!」
「…遅かったな。大使館云々はまだ先だろうから早くなると踏んでいたんだが…」
「渡航手続きに手間取ったんだ。すぐに帰れるようには手配した。荷物はそれだけか?」
少年は、足元にあるリュックを指す。
朱仁、と呼ばれた少年はその言葉に頷いた。
「なら、乗ってくれ。急ごう」
「了解」
車に乗り込む少年に続き、歩き出そうとした少年はふと立ち止まり、先程車が去っていった方角を見て瞑目した。
「さようなら、日本…そして、枢木スザク」
「朱仁、早くしろ!」
皇暦2017年。
中華連邦にとって隣国たる日本がエリア11が七年という月日が経った。
そんなある日の、何気なく過ぎるはずだった時間に、一条の闇がさした。
「シンジュクで事件?」
「そう。シンジュクゲットー壊滅命令が出されたと大使館から緊急に」
大宦官の一人が、口許を隠しながら妖しく笑った。
「どうにかなさいますかな?」
「いや、捨て置いてください。これでエリア11はまた永世エリアへの昇格から一歩遠退いた…か。…キュウシュウ周辺の警備隊に警戒レベルを一つ上げるようにお願いしといてください。念のために」
反発心からテロが多発することだろう。余計なとばっちりは喰いたくない。
「もう既に。速報は?」
「今から仮眠なので、嬉しいニュース以外はご遠慮します。三時間後に起きますから」
その二時間後、共に働く文官一同も含めた者達に、『嬉しいニュース』で起こされたことは…言うまでもないだろう。
「クロヴィス殺害…か。来週のブリタニア訪問時には何か贈るべきですかね」
「花でも手向ければ十分かと。おや、どちらへ?大使館から…」
「どうせ、ブリタニアの純潔派が代行に立って終わりです。シュナイゼル宰相にメールでもして、次の総督の情報でもいただきます」
分厚い経済学書を片手に、朱仁は人の良さそうな笑みを浮かべた。
「亡命してきた旧日本政府の者達がうるさくしないようにしておかないと、後々面倒です。処分のいい方法も考えておいてください」
パタンと扉が閉まる音と共に、室内に取り残された者達はため息をついた。
「完全に決別しておられるなぁ…」
「むしろ、エリア11の混乱ぶりを楽しんでおられるようだが…?」
「それでこそ朱仁様だろう。さぁ、仕事に戻れ!」
部下の一人がポツリと呟いた台詞通り、朱仁は右手に持つ本を肩に置きながらクツクツと笑っていた。
とても上機嫌である。
「は~…おかし」
世界の、ゆっくりと動いていた歯車が、オイルでもさされたのか急速に動き始める音が聞こえた。
「動き出したのはC.C.か?それともV.V.?」
どちらにしろ、このまま行けば中華連邦へのとばっちりは避けられない。
「朱仁!」
「あぁ、天子。どうかなさいましたか?」
この国における唯一無二の存在が伸ばした腕をそのまま受け取り、自分より上の視線になるように抱き上げる。
「星刻が帰ってくるのでしょう?お迎えに出ようと思って…」
「そういえば今日でしたか。そうですね。一緒に出迎えましょう。星刻達は疲れているでしょうし、お茶会は明日にしましょう」
星刻。
それは朱仁にとって、もう一つの唯一無二たる親友だ。
彼なら、天子の隣に立たせてもいい。そう思えるくらいだ。
一人の帝に一人の伴侶。というものは、ブリタニア同様、ここ中華連邦にも存在しない。
朱仁は天子の夫だが、同時に中華連邦を動かす能吏の一人だ。
大宦官をおちょくれるたった一人の人間。
昔から、彼を呼び表すこの代名詞は消えない。
「さて、火の粉が来るとわかるまでは、静観させてもらおうかな?」
眼鏡がキラリと光を反射する。
エリア11で反逆の黒き皇子が、魔神が目覚めた日。
雅なる大陸の宮殿では、紅き帝が穏やかな笑みを浮かべていた。