2025 / 08 |
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いつも飛ばしていた紙飛行機。
それを教えてくれたのは、いつも厳格な父だった。
「…空を飛びたいって思った理由?」
「そ。そこまで思う切っ掛け」
ミハエルに唐突にそう問われたアルトは、とりあえず考えを巡らせた。
最初に、空に焦がれた理由。
「……母さん、かな」
「え?」
自分が生まれた時はもう飛ぶことを止めていたのだが、母は戦闘機パイロットで、軍人だった。
姉が生まれた時に空から降り、子育ての傍ら、臨時の教官を勤めたこともあるらしく、教え子や後輩から慕われる母だった。
何より、あの父と母が『恋愛結婚』なんていう違う次元の現象で結ばれたという素晴らしく奇特な人で、おぼろげな記憶しかないが、兄弟子達から聞く母は、何でも包み込んで笑ってくれる、優しい人だ。
「俺が四歳の時、死んじまったけどな。あの親父が、一人で泣いてた。それが印象的だったな」
母の遺体はない。彼女は今も空にいる。遺品は一欠片も見つからず、空の棺桶に母の愛用していた着物を一枚、そして家族で撮った写真を入れた、虚しい葬式だった。
「姉さんは、空に母さんがいるって…言ってたな…。俺が紙飛行機を飛ばすようになったのも、空を飛びたいって思ったのも、多分切っ掛けはそれだ」
母は、結婚しても姉が生まれるまでは戦闘機パイロットだった。
宇宙を駆ける一人の戦士だった。
「……姫?」
手元にあった飛行機を飛ばす。先日、S.M.S.に所属している事を姉に電話で告げた所、物凄い怒声と長々とした説教を賜った。
姉曰く、
『時間はあと一年ちょいしかないってのに、お前は!』
だそうだ。
それでも自分は、馬鹿者だと言われても甘いと言われても、母が見ていたものを知りたかった。
「…アルト、四歳の時って、十四年前だよな。まさか…」
ミハエルの珍しく絶句するような響きに、喉の奥で笑う。
「復讐なんてかんがえてねーぞ?母さんは空の人だったから、空に帰ったんだって親父が珍しくメルヘンな事を言ってくれたもんだからな。信じることにしてる」
願わくば、大海たる空に眠る命に、己の存在を示すことができるように。