「平和ですねぇ……」

茜色に染まる空を見上げ、そして、荘厳な建造物を見る。

現在事情があって、自分は臨時にここの住人だ。

「朱仁様。そろそろお戻りを」

スッと後ろに現れた警備の人間に頷いて、朱仁は促されるままに歩き出した。

星刻がその少年に出会ったのは、相手をしてくれと引き合わされた時だった。

そんなに重要な人物にも偉い人間にも見えなかったが、過ごす内に自分と同じくらいのこの少年が膨大な知識と、有り余る体力を持つ事が判明した。

おかげで滅多に行けない山頂の寺院や遠く離れた山岳地の修行場などに、途中まではヘリなものの、後は自力で到達するという変な快挙を成し遂げてしまったのである。

「いい天気だな…そういえば、中華連邦の市街地は見たことない…」

「また今度、になるだろう。大宦官の皆様も、貴方の行動にあわてふためいていた」

それはそれで素晴らしく見物な光景だったが。

「…敬語。そちらがそうならこちらもこれで喋りますよ、星刻」

その言葉に慌てて直す。同年代の少年に敬語を使いきれていない星刻に、朱仁は気を使ってくれたのか否か、公式以外では敬語はいらないと言ってくれたのだ。朱仁は普段も癖のようなもので、常に敬語だ。しかし、まるで公私を切り離すように、朱仁は別の人格のような性格を持っている。

「…冗談だ。新しい命と対面したらさっさと帰国か…父上達は仕事だとわかってるからいいとして、あいつには何か買うべきか」

「確か…妹、だったか？」

朱仁には父母、祖父。そして年子の妹がいるらしい。

やんちゃで扱いに困る。というのが朱仁の兄としての評価だが、星刻からみれば朱仁も、やんちゃ…悪く言えば『狡猾』だった。

「大宦官を手玉に、か…そんな噂が流れている。お前に言い負かされた大宦官達の地団駄を踏む姿は傑作だったと」

「それは是非見てみたい。今度、写真でもいいから送ってくれ。予定日通りに生まれるならば、俺は三日後には日本に帰る」

天照の陽を受け継いだ、暁降ちの子。

それが、朱仁が国で呼ばれる言葉。

天照の光を受け継いだ、真夏の子。

それが、朱仁の妹が国で呼ばれる言葉だ。

二人が共にいる様は兄妹というよりは、まるで親子。先陣を切って走る妹を苦笑しながらたしなめる。それは不思議な光景だった。

「…女性であらせられたら、どうするんだ？」

「いつかは、結婚するんだろう…優秀すぎて邪魔だ、疎ましい。なんて言われてはいたが、まさか婿に行けとはね。ま、ブリタニアじゃなくて良かったよ」

「……それは、俺も思う」

その呟きに、朱仁が意外そうな目を向ける。

星刻はそれに笑った。

「俺は、貴方がここに来た理由である天子様を守ろう……この命を賭けて、この国のために…貴方の、存在意義のために」

生まれてくる天子が女性なのは、検査でほぼはっきりしている。

中華連邦はこれで、日本が疎んだ最高の血筋を持ってしまった最高の頭脳を招き入れる事になる。

しかし、彼の心を守る者はあまりに少ない。

ならば、自分が。

生まれいずる天子と共に。

それは、はじめて彼が抱いた『忠誠』でもあった。

一方、敬語じゃなくても良いと言ったのに敬語になった星刻に目を丸くしながらも、その意図に気づいていた朱仁はゆっくりと微笑んだ。

「どうせなら、忠誠を誓ってくれる臣下よりも友人の方が私には嬉しいですよ。星刻」

彼になら。彼となら。

日本では得られなかった、共に道を歩いてくれる者となり得るのかもしれない。己を『己』として扱ってくれる、友になれるのかもしれない。

「貴方となら、貴方になら、天子を任せる事ができるのかもしれません」

それは、星刻のみならず、中華連邦にて天子に忠誠を誓う者にとっては、一番聞きたい人からの、最も素晴らしく、誇れる称賛の言葉だった。

三日後、予定日より一日遅く生まれた彼らを繋ぐ切っ掛けとなった小さな赤子が生まれた後、朱仁は己の故国、小さな海を隔てた向こう側の島国へと帰っていった。

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