――――――――――――――――――――西暦、2015年。

「聞いたかい？あの話」

「…えぇ。日本の第三新東京市に現れた化物のことでしょ？さっきまで会議中だけど、紛糾してたわよ。かなり」

国連総本部。その廊下や休憩室では、先日日本、第三新東京市に現れた『モノ』の話で持ちきりだった。

「Nerv…だったか？あそこの兵器が倒したんだろう？」

「かなりギリギリだったって聞いたわよ。パイロットは数週間前の実験で負傷。ドイツ支部のパイロットを喚ぶこともしなかったらしいから」

「N2地雷が全く効かなかったそうだ。事前の指示で住民退避はできていたらしいが…」

「この場合の負担は結局はこっちよね。まったく、後先考えず行動して…」

話す中身は違えども、その原因は一つである。

『使徒』

神の使いなどと大それた名をつけられたそれは、15年前のセカンドインパクトからの長い沈黙を破って現れた。

戦闘の結果、国連の兵器がほぼ使い物にならないことが判明。まだ試していない兵器もありはするが、通常兵器はまず無駄となるだけだろう。

N2地雷が投下されるも、投下地点付近のシェルター二つを潰しただけで使徒への効果は見受けられず、逆に進化の促進を促したという。

移行された命令権によって出撃したのは、Nerv―――――国連下部の非公開組織、ネルフ。そしてネルフの兵器、エヴァンゲリオンの初号機。

パイロットはファーストチルドレン。実験による負傷はあったものの、兵装ビル等の援護により辛うじて勝利。

しかし、街の損害は大きく、それによる追加予算承認と、勝ったからいいものの対応がずさんなネルフ本部に対しての文句などで、先程まで行われていた国連会議は荒れに荒れていた。

「アンカー将補やナギサ将補はいかがなさるのかしら？将補の部隊を動かす話も出たそうだけど」

「行くはずがないだろう。あの方達は未来の国連軍のトップにして、現在も多くの案件を抱えていらっしゃる部隊の隊長だ。それに、ほら…」

「………あ、そ、そうよね！あの方達の仕事は多いもの！日本に行けても半年は先よね！」

「いや、だから今、元帥達に呼び出されてるんじゃないのか？」

噂はそれから派生して、もう一つ。

しかしそれは国連本部内のみのことで、ネルフまで流れることさえなかった。

＊＊＊＊＊

暗い、暗い闇の中。一人の男が椅子に座り、デスクの上でその手を組むというポーズで存在していた。

何も知らないものが見ればただの怪しいおっさ……男であり、奇妙な光景にしか見えなかっただろう。

しかし、彼の視界には12の光がたゆたっていた。

「―――――…碇よ。どういうことだ？」

「……」

1、と書かれた光―――モノリス―――の言葉に、男…碇ゲンドウは応えなかった。

問いかけがこれ一つではないと悟ってのことだ。

「サードチルドレンの行方不明に伴う早急なフォース選出は命じていたはずだったな…。それを負傷したファーストを出撃させるとは何事だ？」

「左様。お陰でまたいくつか国が傾くだろう。君は全世界の人間の血税を使っているという自覚がないのかね？」

「倒せたのは奇跡だったという意見も出ているのだよ」

「国連議会は荒れに荒れた。会計監査をし、体制を見直す必要があるともね」

その一言にゲンドウの眉がピクリと動くが、モノリス達は知ってか知らずか話を…文句とも言うが…続ける。

「いや、いっそのこと監察官を派遣して全体を見直させる必要があるのではないか？」

「それはいい。仮にも人類を救うためにある特務機関。使徒戦に万全ではないなど、馬鹿げたことは言えないのだよ」

ゲンドウは、その嫌みをすべて聞き流しながら、10年前、自分が預けた直後―――と言っても置き去り同然―――に死亡したと思われる息子のことを考えていた。

断定できないのは死体が見つかっていないからで、行方不明扱いになっているためだ。

碇シンジ…彼がいれば、ゲンドウのシナリオはその想像通りの幕開けとなっていただろう。

初号機の暴走による勝利と、後の心を壊すための布石を打つという、理想通りのものに。

しかし、10年間どんなに探してもシンジは見つからず、零号機の起動実験失敗により、上位組織である委員会からフォースチルドレンの選出及び召喚を命じられていたのである。

「しかし碇。君の仕事はネルフ運営と使徒殲滅のみではない」

「左様。人類補完計画。これこそが君の責務だ」

「…まぁ、予算については一考しよう。しかし、あまり度が過ぎれば我々も考えなければならん」

「―――――…碇。後戻りはできんぞ」

その言葉を最後に、モノリス達は消え、ゲンドウの周囲もそれと平行して奇妙な明るさを取り戻した。

「……分かっている。我々には時間がないのだ」

ゲンドウは静かに呟く。

冗談だと思っていたモノリスの言葉が、実行されるとも未だ分からずに。

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