『いいよ、お前に私の名を貸してやろう。なに、真名ではなく、私が見える者が私を呼ぶためにつけた名だ。だが、それでも私にとっては大切な名。いつか、お前の縁を継いだ者達によって、返してもらうぞ…』





それは、祖母の手帳の、表紙の裏に器用に隠されていた、一枚の写真から始まった。










「こ、ここ…か……」
「なんだ、だらしがないの。たかが数百段ではないか」
「さ、れど、数百段なんだよ！」
山の上に建つ、歴史も古い由緒正しい神社、『柩木神社』。二人は休日を利用してそこを訪れていた。
「しかし、レイコさんも…。神様に所縁のある人の名前を…」
「まったくだ。ほれ、とりあえず返してこい」
まさか、こんな遠方の神社に仕える立場の妖にまで勝負を吹っかけて見事勝利を収めているとは思えなかった。しかし、手掛かりは手がかり、この辺にまだいるかもしれないと、課題を大急ぎで仕上げて電車に揺られること数時間。
そして、空へと続くかのように思われた階段を、昇り始めて二時間…は、経っている。
「わ、かった…。ニャンコ先生は…」
ここで、待ってて。そう言おうとした時だった。不意に、背後から声がかかる。
「自らの名を名乗り訪う理由をすっかりと話せば、いかなる妖でもこの社の防護結界の中に入れるよ、招き猫もどきの妖さん」
慌てて振り返れば、そこにいたのは十歳くらいの少年だった。剣道などできるような、袴姿をしている。
「えっと…君、これが見えるの？」
「？見えるさ。さぁ、入って入って。用があってきたんでしょう」
背を押され、結界内に入る。いつの間にか、先生も一緒だ。
「あの、君…」
「あぁ、お前、レイコの孫か。通りで、血の色が似ていると思ったよ。あぁ、魂の色か」
声は変わらない。しかし、それが纏う空気が変わる。
「仮の名とはいえ、あれに貸した名が縁を辿って戻ってきたか。あぁ、茶の一杯でも飲んでいけ」
「き…いや、あなたは…」
呆然としたままの夏目と、その頭の上に乗っているニャンコ先生が目を見開いている。





「我は、この社の王にして八百万の神の一人、スザク。我が名をよぅ届けてくれたな、件の人間の小僧とは…おそれいった。レイコにそっくりだな。斑の小僧と共にいるとは聞いていたが・・・まぁ、入れ入れ」

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