2025 / 08 |
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ノイズが走り、声が聞こえる。そろそろ、作戦終了時間だった。
使い古した旧式の通信機の一つをつかみ、口元まで持っていく。
「…こちらポーラー、応答願う」
ノイズが数回走り、『あちら側』からの声が聞こえた。
『作戦終了だ。バカ二人は回収完了。迎えを頼む』
「了解。バカ二人の意識は?」
然り気無く酷い言い合い。
止める者がいないそれは、確実に、淡々と進んでいく。
「いつ頃戻る予定?」
『この距離なら、頑張っても二日はかかる。治療の準備は?』
「大丈夫。そっちこそカプセルに入れてきなよ」
『了解』
切れる通信。流れる沈黙。
「…了解しなかったら、いれないってこと?や、それだと死ぬからねソラン」
ソレスタル・ビーイングが登場してから変わった世界。
それは、僅かな間に一つの区切りを迎え、人類は新たに一つの組織を産み出した。
そしてそれらに対抗せんとまた、組織も生まれた。
『アロウズ』と『カタロン』。
この二つである。
大多数の人間は知らぬ影の世界で、彼らは戦いを、否、一方的な戦いを繰り広げているのである。
――――――――――地球、アイルランド某所。
「お~、いたいた、ライルの奴!あんだけ離れて暮らして、よくここまで似たなぁ」
「双子の神秘だろ、さっさとやれ」
「……わかってる!」
体格・人相・何百mも離れた場所からでも分かることすべてを、見ているカメラからモバイルパソコンに読み込む。
『大体、何であんたと組んでやらなきゃ…』
「…仕事中に私語は厳禁だよ、二人とも。それ終わったら夕飯だから早めに帰ってきてね」
喧嘩するほど仲が良い、とは到底思えない二人の言い合いに、通信のスイッチをオンにして言う。
自分の後ろで既に夕食の準備完了してくつろいでいる親友は、いつもの事だと言いながらも呆れ顔だ。
「あの距離で平然と話せるようになっただけ奇跡だ」
「まぁね~」
最初の頃は酷かった。暴れる二人(一方的に片方が突っかかって始まる)を押さえつけて(強制的)に眠らせ、病室を隔離し、まずは通信のみで話させ(約一年)、己の言いたいことを(主に片方)言い尽くさせ、脱力させたところで色々と妥協させ、現在に至るのである。
「さて、あと三時間で帰ってくるよ、シリウス」
「…暖めておく。この本を読み終わったら」
激しい最終戦争であったあの時から、四年。
いつも飛ばしていた紙飛行機。
それを教えてくれたのは、いつも厳格な父だった。
「…空を飛びたいって思った理由?」
「そ。そこまで思う切っ掛け」
ミハエルに唐突にそう問われたアルトは、とりあえず考えを巡らせた。
最初に、空に焦がれた理由。
「……母さん、かな」
「え?」
自分が生まれた時はもう飛ぶことを止めていたのだが、母は戦闘機パイロットで、軍人だった。
姉が生まれた時に空から降り、子育ての傍ら、臨時の教官を勤めたこともあるらしく、教え子や後輩から慕われる母だった。
何より、あの父と母が『恋愛結婚』なんていう違う次元の現象で結ばれたという素晴らしく奇特な人で、おぼろげな記憶しかないが、兄弟子達から聞く母は、何でも包み込んで笑ってくれる、優しい人だ。
「俺が四歳の時、死んじまったけどな。あの親父が、一人で泣いてた。それが印象的だったな」
母の遺体はない。彼女は今も空にいる。遺品は一欠片も見つからず、空の棺桶に母の愛用していた着物を一枚、そして家族で撮った写真を入れた、虚しい葬式だった。
「姉さんは、空に母さんがいるって…言ってたな…。俺が紙飛行機を飛ばすようになったのも、空を飛びたいって思ったのも、多分切っ掛けはそれだ」
母は、結婚しても姉が生まれるまでは戦闘機パイロットだった。
宇宙を駆ける一人の戦士だった。
「……姫?」
手元にあった飛行機を飛ばす。先日、S.M.S.に所属している事を姉に電話で告げた所、物凄い怒声と長々とした説教を賜った。
姉曰く、
『時間はあと一年ちょいしかないってのに、お前は!』
だそうだ。
それでも自分は、馬鹿者だと言われても甘いと言われても、母が見ていたものを知りたかった。
「…アルト、四歳の時って、十四年前だよな。まさか…」
ミハエルの珍しく絶句するような響きに、喉の奥で笑う。
「復讐なんてかんがえてねーぞ?母さんは空の人だったから、空に帰ったんだって親父が珍しくメルヘンな事を言ってくれたもんだからな。信じることにしてる」
願わくば、大海たる空に眠る命に、己の存在を示すことができるように。