2025 / 03 |
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「……へぇ、バベルの塔が崩れましたか」
一年という空白期間を経て起きた戦の狼煙。
それが自分達をも巻き込む大嵐となるだろうことを、朱仁は確信していた。
「嬉しそうだね、神楽耶」
「あ、兄上!?」
ニコニコとエリア11の様子をモニターしていた神楽耶は、いきなりの後ろからの声に文字通り飛び上がった。
「バベルの塔で死亡した者の中には日本人もたくさんいたね。その死を喜ぶとは、君の兄としては悲しいな。君曰くの、『ゼロの妻』としては相応なのかもしれないが」
悲しいなどと言いながらも、そこにあるのは笑みである。
「そ、そんな…」
「『ゼロ』だといいですね、神楽耶。しかし、中華連邦の人間として、彼を……失礼」
通信音に、朱仁が反応して応答する携帯からの声は神楽耶には聞こえなかったが、だんだんと朱仁の顔が険しくなっていくのがわかった。
「まったく…余計なことをしてくれる。えぇ、『貴方』の行動を支持しましょう。波風は立てぬように…始末して構いません。彼らにはなるべく早く、退去願えるよう頑張って下さい。はい…あぁ、わかりました。お願いします。星刻」
星刻。
神楽耶はその名を知っていた。兄の、唯一無二の親友にして同志。
彼と、兄の妻たる天使が産まれた瞬間から、兄の『一番』は変わった。
「おめでとうございます。神楽耶。当たりだそうですよ?私は仕事が増えてしまったので、ここで失礼します」
にこやかな笑顔で颯爽と去っていく朱日との後ろ姿に、神楽耶は慌てた。
「あ、兄上!?」
兄の『一番』は、あの日あの時、兄が日本に帰ってきた時には既に変わっていた。
兄の『一番』は、あの時から変わらない。彼の妻たる天子と、親友の星刻だけ。九年前に出会ったブリタニアからの二人も、兄の一番にはなりえなかった。
兄の中にもう『日本』はない。
兄を捨て、それを知らぬとはいえ見過ごした妹たる自分を含めた誰にも、兄を責める権利はない。
「あに…うえ…」
「あぁ、天子。こちらに」
「朱仁?」
一人ぼんやりと外を眺めていた天子は、大好きなその人の声に振り向いた。
これは恋であるとは思っていない。
おそらく、これは愛と呼べるものなのだろう。
大好きな、否、愛しているその人は、申し訳なさそうな顔をしていた。
「朱仁?」
「すみません、天子…お隣で魔神が起きました。約束の前に、大きな戦乱があることでしょう。もう少しだけ、待っていただけますか?星刻とも話しましたが…」
「き、気にしないで。私は朱仁と星刻がいてくれるだけでも幸せなの。約束なんて…いつでも大丈夫」
心の底からそう思ってくれているのだろう。
その優しい笑みに、朱仁は心を救われた気がした。