さて、

「…じゃあ、学校に通えなくなったの？」

「極めつけにファランクス卿からのサウンドメッセージが届いてね。これは無理だと判断したよ」

「つか、怪我は……」

「知ってるのはグランストンナイツ達だけだから。パフォーマンスのつもりもあったんだけどね……」

何とか重い雰囲気が取り払われてきたところで、三人はテーブルを引き寄せてお茶をしていた。

「ナナリー殿下の件は…ごめん。ハッキリと宣言されたら止められなくて。陛下は、正式人事はもうしばらくしてからにして、ナナリー殿下は副総督にするって」

「正式人事…？」

そういえば、Ｖ．Ｖ．も暫定とか言っていた気がする。

「…私達も知らない、誰かを据えるみたい」

「え…？」

「『ヒメミヤ』って言ってた…知らない名前」

スザクは沈黙した。アーニャの言った『ヒメミヤ』は、名ではない。

日本の響き、日本の言葉。

そこに在る意味、意義。

……しかし、

「あんのタヌキッ……！」

「は？スザク？」

小さく低い呟きを聞いて、ジノとアーニャはスザクを見た。…怒っている。物凄く怒っている。先程の比ではない。

「…すみませんが二人とも。私の代わりに中華連邦総領事館へ行ってきてください。着任が確認されてからで構いません。あと…ちょっと陛下に用事があるので、退室していただいても？」

にっこり笑顔でのお願い（脅迫）に、二人は一も二もなく頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あ、ヴァインベルグ卿」

「ナオト！」

スザクの部屋を早々に出る形となった二人が遭遇したのは、スザクの主治医でもあるナオトだった。彼はブリタニア籍も所有しているため、事情を知らないあまり親しくない人々や公的な場では『トラル・シュタットフェルト』と呼ばれている。

「早いですね？」

「陛下と差しで通信したいから出てけって」

どうも、事情がよくわからない。ナナリーが正式な総督でないのが不満なのだろうか。いや、それにしてはアーニャが口にした名の方に反応していた気がする。

「そうですか…。となると、陛下の気まぐれ一つで本国にとんぼ返りですかね？」

「は？」

ジノとアーニャは知らないが、ナオトは『ヒメミヤ』の意味を知っているのでどうとも言えない。

流石ブリタニア皇帝。事後承諾かぁ。と変な関心をして、とりあえずとナオトは混乱する二人の騎士を自室へと招くことにした。

 

 

 

 

 

式根島でのスザクの総督出迎えが決定したと知らせが来たのはその一時間後。

妙にげっそりとした顔でスザクが知らせに来た時だった。


…どんな会話だったのかは、ご想像にお任せします。

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「無理をしないで下さいね？本当に……」

「は、はは…すみません。深雪さん」

「しばらく歩けませんね。じゃ、新総督用の車椅子の予備を改造させますか。それならまぁまぁ動ける」

「新総督の挨拶には、グランストンナイツと…今回の責任と言うことで、ラウンズ二名も使ってください。ゼロが仕掛けてくるかもしれませんから、気を付けて」

「心得ていますよ。あぁ…ヴァインベルグ卿とアームストレイム卿が…」

言いにくそうにしながらも名を出したそれに、続きを察したスザクが苦笑して頷いた。

「どうぞ」

「…ありがとうございます」

枢木スザクと話していて楽なのは、言いにくい話の先を察してくれるところだなと、この短期間でグランストンナイツ達は感じていた。

隣室に連絡をすると、すぐに扉が開く気配がする。

「深雪さん、しばらく…」

「はい。あの子と一緒にいますから」

察してくれた深雪と入れ違いで、ラウンズの制服に身を包んだ二人が現れた。

顔…というか、表情は叱られて泣きそうな子供だ。

「…連絡はしましたか」

「…した。怒られたけど」

スザクの問に答えたのはアーニャだった。

「当たり前でしょう…。まぁ。反省していらっしゃるようですし…おいで、」

そう言って手招くと、アーニャは少し迷いながらも寄ってきた。

「…ジノ」

「ごめん。怪我してんのに無理させて…」

それか。それで落ち込んでいたのか。

ベアトリスに説教されたこともあるかもしれないが、開口一番これでは、これが一番の原因だろう。スザクはため息をついて、ジノを改めて手招く。

すると、やっとの事でジノは歩き出した。

 

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さて、止める人間がいなかったためにトリスタンとモルドレッドにボロ負けした惨状で、周りから白い目で見られる形となったジノとアーニャは、二人で自機であるナイトメアの足下にいた。

「スザク、いない…」

「足怪我してんだぞ？心配してんのは分かるけどさ…」

一人でさっさとエリア１１に行った同僚のスザクを追いかけてきたはいいが、これではスザクに会うより先に本国のベアトリスから説教を喰らうはめになりそうだ。

「はぁ…どうしようか？とりあ」

「何ですか、この惨状は！？」

とりあえず着替えに行くか、とアーニャに提案しかけた時、少しばかり離れたところ、ジノ達と破壊されたナイトメア等も見渡せる、嫌な暗い素晴らしい位置に仁王立ちしている影があった。

「…げ、」

ジノとアーニャはこれから落ちる雷のために。グランストンナイツ達はどうして（どうやって？）ここへと。その他の面々はこの人は誰だ？と。

それぞれの思いを胸にその影の主を見た。

「な…どうやって、」

「っの……ど阿呆がぁ！」

「うっ…わぁ！」

飛び膝蹴り（上段）がジノに炸裂。アーニャ、既に後退。ジノ、３ｍほど移動。周囲、沈黙。

「どれだけ暴れているんです！黒の騎士団に情報が漏れたら一発で攻め込まれていますよ。全く！大体、着任の挨拶がわりに攻撃するとはなんたる礼儀ですか！」

「え、いや…あの……ごめんなさい」

今まで悪びれもしなかったナイト・オブ・スリーが謝った。少女の見事な飛び膝蹴りよりもそちらの方が衝撃である。

「この件はワンと陛下、『ついでに』ベアトリスにも『直接』報告させてもらいます！今から通信すれば、時差的に問題ないでしょうしね！」

「えぇ！？」

予想外かつ最悪である。よりによって今から。

「待ってくれ、スザク！」

「うるさい！大体、こちらに来るなんて一言も聞いていませんよ！今すぐにでも聞かなければ…！あぁ、もう！だらだらと無駄口叩く暇があったらトリスタンで残骸除去作業を手伝いなさい！『ついでに』、貴方が壊したナイトメアの修理代（弁償代金）として、修理費の３０％、払ってもらいますからね！」

「えぇ！？」

矛先は完全にジノに向けられている。アーニャはやってきたアーサーと再会中だ。

「黙りなさい！全く、何だって……っ！！」

「枢木卿！」

ジノは呆然としていた。

多分誰かに遊ばれて着させられたのであろう白のワンピース。

それと同色のはずの足に巻かれた包帯に、僅かにとは言えないほどだが血が滲んでいる。

「スザク…」

「どういう馬鹿力でここまでいらしたんです？！傷口が開きかけていますよ！すぐに…」

医師を、と言いかけた言葉は、スザクの手によって制された。

「……言い訳も謝罪も、そちらからの報告も後からにしましょう。ですが、本国、陛下並びにベアトリス・ファランクス卿への報告は二人で行ってください。……良いですね？」

「……」

「わかった。陛下とベアトリスにはちゃんと報告する」

答えたのはアーニャだった。腕に抱いていたアーサーがその腕からすり抜け、スザクの足に絡む。

「……よろしくお願いします」

慌ただしく用意された車椅子に乗せられて去ると、沈黙が流れた。色々な意味で。

「…スザク、傷が開いたの、私達のせい」

「…あぁ、わかってるよ」

精神力の強さか、走ってきた上に蹴りまで入れてきたスザクに、ジノは一瞬だが、スザクが怪我人だと言うことを忘れていた。

グランストンナイツの叫ぶような声に、やっと現状を理解したのである。

「…だから、ベアトリスに怒られるの、当たり前。陛下と……ナナリー殿下にも」

ナナリーはともかく、他の二人はそうは見えないがよくよく考えればスザクをいつの間にか気遣ってくれている。それを抜きとしても、未だ傷の癒えないナイト・オブ・セブンに無理をさせたとあっては説教は確実である。

「……ジノ？」

「…」

しかし、ジノにとってはそんな説教より、スザクに無理をさせたことにすぐに気づけなかった事が悔しかった。

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さて、そんなこんなで学校に通えなくなったスザクは、ナオトの監視と深雪の暖かなご飯、事情を知るグランストンナイツ達の協力のもとに仕事をこなしていた。

仕事はすべて自室で行い、故に休む暇もない。

「はぁ…」

「気持ちはわかりますが、枢木卿。仕事を」

「わかっています…」

あとはランスロット移送の件だ。キャメロットのエリア１１海域への侵入許可と…

そんなことを考えていた時、いきなり警報が鳴った。

「！？」

「警備はどうなっている！すぐに追え！」

「はっ！」

見張り役だったグランストンナイツを迎撃のために追い出すと、スザクはすぐさま立ち上がり、迎撃地区を割り出して向かおうとする。

しかし、

 

 

 

 

 

「その足じゃ、行けないよね」

 

 

 

 

 

「っ！Ｖ．Ｖ．…！」

いつの間にか自分の目の前にはＶ．Ｖ．がいた。

見えはしない。そう、『視えて』いるのだ。

「目は、もうただ視覚だけを稼働させるなんて無理だよね？足は、まぁ、治ると思うけど…」

「くっ…！」

確かに、その通りだ。足は半年は動かせない。ただの役立たずに成り下がる。Ｖ．Ｖ．の言う通りにすれば、もう『枢木スザク』ではいられないかもしれないのだ。

それは、まだだ。

せめて新総督が来て、入れ替わりに自分が本国へ戻るまで。その直前のゼロとの戦闘こそが、『枢木スザク』の最期には相応しいのだ。

「…何をしに来ましたか」

「別に？新総督の名前を教えに来たんだよ。自分から来たいと言った子さ」

新総督？まだ決定したとは聞いていなかった。

「それは…」

 

 

 

 

 

「とりあえず、暫定として、自薦してきたナナリー・ヴィ・ブリタニアが来るよ。正式なのはまださ。…ゼロがどう出るか楽しみだね？」

 

 

 

 

 

その言葉に、スザクは火事場の馬鹿力とも言うべき瞬発力でＶ．Ｖ．の頭上を飛び越え、事情を伝えに来ただろう侵入者達の下へ駆けた。

一方、取り残された形のＶ．Ｖ．は。

「……速いのは流石だけど、スカートで跳ぶのはどうかなぁ」

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『いいよ、お前に私の名を貸してやろう。なに、真名ではなく、私が見える者が私を呼ぶためにつけた名だ。だが、それでも私にとっては大切な名。いつか、お前の縁を継いだ者達によって、返してもらうぞ…』





それは、祖母の手帳の、表紙の裏に器用に隠されていた、一枚の写真から始まった。










「こ、ここ…か……」
「なんだ、だらしがないの。たかが数百段ではないか」
「さ、れど、数百段なんだよ！」
山の上に建つ、歴史も古い由緒正しい神社、『柩木神社』。二人は休日を利用してそこを訪れていた。
「しかし、レイコさんも…。神様に所縁のある人の名前を…」
「まったくだ。ほれ、とりあえず返してこい」
まさか、こんな遠方の神社に仕える立場の妖にまで勝負を吹っかけて見事勝利を収めているとは思えなかった。しかし、手掛かりは手がかり、この辺にまだいるかもしれないと、課題を大急ぎで仕上げて電車に揺られること数時間。
そして、空へと続くかのように思われた階段を、昇り始めて二時間…は、経っている。
「わ、かった…。ニャンコ先生は…」
ここで、待ってて。そう言おうとした時だった。不意に、背後から声がかかる。
「自らの名を名乗り訪う理由をすっかりと話せば、いかなる妖でもこの社の防護結界の中に入れるよ、招き猫もどきの妖さん」
慌てて振り返れば、そこにいたのは十歳くらいの少年だった。剣道などできるような、袴姿をしている。
「えっと…君、これが見えるの？」
「？見えるさ。さぁ、入って入って。用があってきたんでしょう」
背を押され、結界内に入る。いつの間にか、先生も一緒だ。
「あの、君…」
「あぁ、お前、レイコの孫か。通りで、血の色が似ていると思ったよ。あぁ、魂の色か」
声は変わらない。しかし、それが纏う空気が変わる。
「仮の名とはいえ、あれに貸した名が縁を辿って戻ってきたか。あぁ、茶の一杯でも飲んでいけ」
「き…いや、あなたは…」
呆然としたままの夏目と、その頭の上に乗っているニャンコ先生が目を見開いている。





「我は、この社の王にして八百万の神の一人、スザク。我が名をよぅ届けてくれたな、件の人間の小僧とは…おそれいった。レイコにそっくりだな。斑の小僧と共にいるとは聞いていたが・・・まぁ、入れ入れ」

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